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花香る「楼梅」が満開です。 [浜の様子]

2012年2月17日

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 素晴らしい「かおり」がします。芝生ヤードと事務所前の展示艇ののそばに咲いています。
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買い物用に『貸出し自転車を用意しました。   2012年2月17日 [お知らせ]

 久しぶりの良いお天気です。沖が荒れる日には「かもめ」たちが浜の海面に翼を休めるのですが、今日は「かもめ」たちは沖に出てハンティング(餌取りをしている事でしょう。

 貸出しの「自転車」を用意しました。ご遠慮なくご使用下さい。DSC01194.JPG

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冒険論  その5 [ヨットの話題]

         従来のop便り、出島浜の様子はこちらから

 http://www004.upp.so-net.ne.jp/op-yachts/

 20012年2月3日

 立尾さんがサンフランシコからホノルルまで手漕ぎの航海をされました。冒険とはなんやろか。考察その5

 

冒険論  その3

2005年にOPのHPに掲載した文章です。

 2月25日
 最近の日本経済新聞文化欄にこんな記事が
「米冒険家 鎖国下の決死行」
#江戸時代、鎖国の日本に単身上陸した米国の冒険家がいた。ラナルド・マクドナルド(1824~94年)
ペリーより5年前に日本を訪れ、中略 マクドナルドの父は毛皮商社の幹部。母はアメリカ先住民の族長の
娘だった。アメリカ先住民は日本人とつながりがあると信じて日本行きを決意。
 1848年7月、乗っていた捕鯨船プリマス号から別れて単身ボートに乗り、漂着を装って北海道の利尻島に上陸した。
 その後長崎に移送されて拘留生活を送り、翌49年米国の軍艦に拾われて出国した。
後、回想記に「ボートを転覆させて漂流者のように見せかけた」とあるのは、故意に入国すれば処刑されるかも知れないという、鎖国時代の日本事情を理解していたことを物語る。
 
*
どれぐらいの距離を単身で漂着したのかはこの文章では判らないけれど、
 崇高な理念、科学的根拠、周到な準備、そして蛮勇に近い行動力、人に与える感動。
 このマクドナルドの行動は「冒険」そのものといえるのではないでしょうか。

2月20日

「夜、ほこりっぽい心の奥底で夢を見る人は、
昼に目覚めると空しさを覚える。
だが昼に夢を見る人はとても危険だ。
目を開けたまま夢のとうりやってしまうかも知れないからだ」
        
                         T・E ローレンス 「7人の賢者の寝言」のおし殺した序章より


*OPヨットの図書室にはかなりの数の海洋小説、ノンフィクションが蔵書されています。
 その中に、文研出版社、1973年発刊の「ヨットとかもめ」、堀江謙一、栗原景太郎。牛島龍介、
石浜恒夫共著がある。1962年5月12日に号19フィートのJ,O,G[マーメイド号」で西宮を出帆し、
太平洋単独横断に成功した堀江氏、その氏がシングルハンド無寄港世界一周の冒険を企て1972年11月11日に淡輪を出帆、
14日にデスマスト、20日に巡視船「かみしま」に救助された、その2世号の事が語られています。
 冒険とはなんやろかを考察するにはとても興味深い事が書かれています。
彼は今また新しい航海を続け、海の上にいます。
以下
1 「わが冒険への視点」

 先人の奇跡をたどるだけ?

 冒険時代は、もう終わりを告げたのだろうかーーーー世界の山は、ほとんど征服されてしまった。
海で行くとしても、先人の跡をなぞらえるくらいしか残っていない。
「じゃあ、何も残っていないのか」と云えば、そうでもない。想像力をめぐらせば、やってみたいことは、
まだまだ残っている。
 高校1年から始めたヨット、私にとってヨットはスポーツであり、またとない話し相手である。
海は限りない冒険心をかきたたせる世界である。マーメイドで太平洋を横断して10年、つぎに胸をときめかせるものを求めてきた。中略。
 シングルハンド無寄港世界一周、いつの日かという希望が急激にふくれ上がり、「絶対やってみよう」と
思いたった。

 「どうだね、チャートを持たず、でっかい地球儀を一個ほうり込んでおくというのは?どうせどこにも立ち寄らないのだからチャートは不必要といえば不必要だよ」

 「ほほうそれも面白いね。でもキミはすでに地球が丸いということを知っているのだし、太平洋を南下し、南緯55度59分、チリの南端にはホーン岬があり、それを抜けると大西洋ということを知っているのだから、
全然白紙だったコロンブスやドレークとは違うぜ」

 「太平洋とかホーン岬とか、あれは海の聖地、むやみやたらと人間が征服してはいけないところだ。あんなところへ一人で行っちゃうバカ(堀江)がいるから夢がなくなってしまうんだよ」

 「でも行くとすれば最終ホーンあたりに尽きるね。気が狂うというのなら、狂うか狂わないか、試してみる価値は充分あるよ」

 一周すれば、あとは夢がなくなるからそのつぎは二周でもやろうか。淡輪を出て淡輪着。帰ってくるのが目的だから、出発時にはすでに目的地におるわけだ、考えてみればおかしいね」
 ヨット仲間とおもしろ半分、まじめ半分のやりとりである。もちろん装備は万全を尽くした。チャートも全部そろえたしロランも積み込んだ。

Thursday, 10 February, 2005 13:16:38
続く。

*そして堀江氏は第二章にこう続ける。


 出発二日後にアクシデント

 「やりたいという夢をえがいているときは白紙で、いろいろ絵が描けて楽しい、やろうと踏み出した段階でも、まだあれこれ欲の味付けができて楽しいが、成功とか失敗とか、答えの方はあまり楽しいもではない。
 むろん成功したときは”やった”という充実感があり、裏目に出たときはさくばくたるもの、大変な違いだが、
それ以前の楽しさと天秤にかけてみると、どっちが、どっちともいえない。

*そして2日後の14日の午前に後部マストに亀裂が入っているのに気付き、その2時間後には「スパッ」ときれてしまう。
 11月20日、北緯33度29分、東経37度53分。02時50分、舵を固定し、巡視船「かみしま」に乗り移りマーメイドは曳航され、わずか八日間の短い航海は終わる。
 

「夢が前より大きくなるかどうか今の私には分からない。他人さまから行けと云われて義務で行ったのではないから、失敗したからといって、名誉挽回に再挑戦しなければならないこということもない。行きたくなったらいく、あくまで自由、但しもっと意欲がわくのを待つだけだ。
 闘志は健在だが、中途半端な気持ちでは出かけたくない。

:第三章に

 無謀でない冒険があるだろうか


 マストが折れて、堀江の冒険は「あれは暴険だ」という人がいる。危険きわまりない無謀な行為というのだろうか。はたで見ていて生命の危険の伴わない、無謀でない冒険が過去一度でもあっただろうか、コロンブスにしてもマゼラン、ドレークにしてもーーー。

この章の後に「マーメイド二世号航海日記」が

 ”無念のリタイヤー” として約10頁の短い航海記が載っている。


 11月20日午後9時、マーメイド二世号は巡視船「かみしま」に曳かれ、小雨の鳥羽港に帰ってきた。
12日、シングルハンド・ノンストップ世界一周の記録に挑戦するため、燃えるような闘志をもって淡輪を出航して八日め。まさに無念の帰港である。
 だが冒険の男は、一度の失敗で決して挫折することはないだろう。彼はまたふたたび、いつの日か海へ出てゆくのだ。中略
 「10年前、ぼくはパスポートなしで出た.こんどは法的にはなんの問題もない。しかし、法律や願望以前のものとして、、ぼくはぼくを取りまく人たちの理解を大切にしたいと思う。
 今回は失敗をした。しかし、ぼくがやる気を失わない限り、必ずふたたび挑戦の機会はめぐってくるだろう。いま、この短い旅をふりかえり、ぼくはそのことを深く心にいいきかせている。

 おそらく彼の最も短い航海記だろう。


 ちなみに1973年には日本人初のケープホナーとして、青木洋氏が「信天翁」(長さ7mのヨット。自作艇)にてケープホーンを帆走回航、している。
 堀江氏はこの挫折の後、1974年「マーメイド三世号」にて276日で無寄港単独世界周航を果たしている。
また、日本人二人目のケープホナーとなる。(資料、「ホーン岬への航海」ハル・ロス著野本謙作訳ホーン岬回航の記録より)

 
 また、2004年「舵社」から再出版された「太平洋ひとりぼっち」(復刻刊)には”1972年の挑戦、そして
挫折”については一行の記載で、こう書かれている。

 「1972年 小型ヨットによる西回り単独無寄港、世界一周 」
 
 編集者の田久保雅巳氏(「舵」誌の編集発行人)は1972年の挑戦を除く、堀江謙一氏の航海の航跡は
全て記載しているのに何故か。
 意識してなのか、または知らなかったのか。


*「冒険とはなんやろか」と問うには、これほど「一面」、において上記のように、明快なわかりやすい言葉もある.

 航海記の後に、堀江謙一、本多勝一、藤木高嶺の座談会の記事がある。
 冒険が成功した際の社会の賞賛、失敗したときの非難等が話され、後者の非難にさらされて,本多氏が
「これらに対して一言ーーー」と問いかけ堀江氏はこう答える。
 
堀江
「あのときああであった、こうであったということはいいわけがましいですからね。やはり本心からいけば、もう一度チャンスがあればーーー。あると思うんですね。こんどはこういうふうなことでうまくいかなかったわけでけど、もう一度チャンスはあると思いますからね。やはり作品とか、そういうもので答えるしか、ぼくはないと思うんです」

本多
「作品ですか」

堀江
「ええ」

本多
「実行することですね」

堀江
「ええ、計画を完成させる、それ以外に、ぼくはないと思うんですけれどもね、終局的には」


このやりとりにはその後の堀江氏の”新しい試み”の”数ある航海”の航跡に大きな暗示が含まれていると思う。

 冒険が
「崇高な理念と、科学的根拠と、周到な準備、そして蛮勇に近い行動力」。多くの人に与える感動。
という定義を仮に持つならば、その後の航海の「作品」は”冒険ごっこ”?か、もしくは”興業航海”?とも近しいものがあるともとれるかもしれない。
 しかしこのことは、これは堀江氏の”航海魂”を傷つけるものでもなんでもない。

 *この航海のために特別にセールプランを設計されたK氏(現在はヨット用塗料を輸入販売されている)はケッチでもないヨールでも無い勿論スループリグでもない、二本のマストを持つリグを帆船の歴史には無い特異なヨットを採用し、建造そして航海に出られました。これもある意味では堀江氏の「冒険」であったかもしれませんが?   写真を探しています。後ほど掲載します。

                                                   野崎勝一

 


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冒険家 森高さんが浜に!!1月22日(土) [浜の様子]


去る1月21日(土森高さんが浜にお顔を見せられました。とてもとてもお元気そうでした。4月に再びアラスカに戻られます。歓迎の食事会そして演奏会を企画したく思っています。より楽しくなるご提案をお待ちしております。野崎勝一

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今年初めてのレースです。 1月29日(日) [お知らせ]

 のある素敵な風が吹いています。ちょっと寒いですが「ウサギ飛ぶ」白波の立つ海に挑んでみませんか!!
*日時    2012年01月29日(日)
*艇長会議  10:00
*スタート  12:00
*レース参加費  1艇 ¥1.000.-

  *レース終了後に表彰式をします。
 *アフターパーテイは会費は¥0.(無し)です。
各自、飲みもの、食事は持ち込みです。面倒な方には実費で軽食,飲み物をご用意します。
 例。ビールは¥200.~~~~輸入ビール¥600.焼酎¥200~~.日本酒¥200~~.ワインボトル実費?等  
   軽食はサンドウィッチ、おにぎり,スナック,おつまみ等¥200.~~~

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迎春。初春のお慶びを申し上げます。 [浜の様子]

今年も皆様にとって素晴らしいセーリングライフでありますように!!

 出島浜の様子等、など。

 「ヨット遊びの謎、なぞ」
       ちょっと覗いて見て下さい。

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2011年12月18日 今年最後の帆走会およびクリスマスパーティー [浜の様子]

こんばんは。航祐です。

去る12月18日(日)に今年最後の帆走会を行いました。

当日は前夜より北西の風が強く吹いており、予報では20ノットの風となっておりました。

私は今回は、写真撮影および参加者からの要望でスタートラインを適度な長さに設定する為に6mほどのモーターボートにて運営を行っていました。

レース海面に出てみますと、20ノットどころかブローで30ノットを越える風が吹いており、また波もよ予想より高くスタート後に各艇の写真を撮影するべくついていこうとしましたが。。。。

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こんな感じで、波に船首を向けると6mのモーターボートではとても立っていられないほどのピッチングになり、横波を受けると転覆そうな感じがします。

いやー、このような波の高い時はヨットの方が断然安心感がありますね。

スタート後、各艇について行こうと考えていましたが、身の危険を感じて堤防裏で待機となりました。

レース自体は、少し北に風がシフトしたくらいで最後まで完走出来たのは下の三艇でした。


1位 Star Light Shower (ビテッセ33)シングルハンドでのご参加です。今回初優勝です。おめでとうございます。
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2位 オセアテック(Moody33 DS)いつもは軽風で重さが仇となっていましたが、今回は堂々の入賞です。
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3位 Sea Gator(Y26C) シングルハンドで良く完走なさいました。
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前回もご参加頂きました Contrail(ベネトウファースト305)は、完走しながらも運営のミスによりDNF
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今回、帆走会の参加は2回目のGood Speedは、ファーリングシステムの不調によりDNF
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途中まで健闘しながらも、途中で引き返された470301(Farr727)
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冒頭の写真のBlue Bunny(エクメドメール)
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レース後のパーティーは、私航祐が2品程料理をさせて頂きました。

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ご参加頂きました皆様、誠にありがとうございました。

来シーズンはよりたくさん、そして内容の濃いイベントを提供出来るように心がけていきたいと思います。

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航祐

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嬉しい便りが届きました。アラスカより!! [ヨットの話題]

2011年12月19日
 
「ONLY YOU」森高様からの嬉しいメールです。
前文をそのまま転載します。 
 「お帰りなさい」の食事会!!企画しましょうか。

Hi勝美です、社長はじめ皆さんお元気ですか?
こちらkodiakも冬景色です雪・氷・雨の連続です靴底に滑り止必じゆ品です、
全てアイスバンと思ってください!近じか大阪に帰るので楽しみにしています、
又出島に行きますのでよろしく!おみあげに楽しい
話を聞かせます、平野さんにもよろしく伝えて下さい。 


 1年間はKodiak でヨットの整備と英語の勉強をなさる予定だそうです。
さりげな無く、しかし素晴らしい冒険者!!土産話が楽しみです。
 『師匠!お帰りを心待ちにしています。
                       勝一


2001年12月18日(日)
 

 「冒険とはなんやろか」  


 森高様のこの「海」と「風」そしてひたすらに「ヨット」を愛される生き方!

 もう一度「冒険とはなんやろか」考察してみました。

『冒 険 論』
「私の人生に”冒険”は無し。101歳現役スキーヤ 三浦敬三
私は日本におけるスキーの黎明期からスキーをはじめて、八甲田という大自然に育まれてきましたから、「スキーの草分け」と呼ばれることがあります。
 また、60歳を過ぎてからヨーロッパに出かけアルプスを滑るようになりました。

62歳で雄一郎の富士山直滑降に同行し70歳でヒマラヤ、シャングリ氷河での滑降も実現し77歳の時キリマンジャロ登頂とスキー滑降を成功させたりもしました。

其の後も88歳ヨーロッパアルプスのオートルート(ツエルマット~ザースアジュマジェロ間も路破しています。
こうして並べてみると
なんだかいつもとてつもなく大きなことに挑戦している冒険者のようですが、実は私にとって冒険というものではないのです.
後略「101歳の少年」実業の日本社発行

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海は移り気で情け容赦のない婦人である。

何人も彼女の胸に安らぎを見いだすことはない。

そしてもし彼女を征服しようとするならば、

人はその持てる力を全て注がねばならない。
  

詠み人知らず

「ホーン岬への航海」ハル・ロス著 野本謙作訳 より


*冒険とは「崇高な理念と、科学的根拠と、周到な準備、そして蛮勇に近い行動力」。
多くの人に与える感動。
(OP便り編者)

*冒険論その一。
 *「ヨットの単独太平洋横断はリンドバーグの大西洋初飛行に相当すると思いますがいかがでしょう。

太平洋の初横断飛行はハードンとパングボーンの二人でした。
 それにしてもアメリカでの評価と日本での評価がかなり違っているのは残念です。
帰ってくれば一騒ぎあると思われますが新聞は論説で取り上げてもいいくらいだと考えます。
あれが内の息子だったら今晩死んでも悔いなしと、女房にいっています。」加納一郎。
評論家、南極と北極の紹介で知られる。

 「人類の将来に大きな寄与をする点では、宇宙開発計画などの意義は絶大だが、他方、個人の冒険心が人間活動の支えとなっていることは何時の時代にも通じていよう。{南極のスコット}を今日なお敬愛しつずける英国人の間には、つねに純粋な形のアドベンチュアが尊ばれているように思われる。」、後略。
1962年8月15日朝日新聞夕刊「今日の話題」  本田勝一「冒険論」より抜粋。。 
 *堀江謙一の太平洋横断成功に関する評より。無謀か冒険か。1962年二つの冒険航海。

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冒険論その2。
  「山があるから」。
なぜ、あなたは航海するのですか、「其処に海があるから。」とあなたは答えますか。

イギリスの登山家マロリー(1886年から1924年)は第一回エベレスト遠征に参加し第三回遠征(1924年)の際。第6キャンプを出発したまま行方不明なった。

以下冒険論、序論。
 「彼が第2回遠征から帰って後、アメリカのフィラデルフィアで講演会をしたことがある。
終わって演壇を去ろうとしたとき、聴衆の中から一人の婦人が質問をした。
「なぜ(それほどにも)あなたはエベレストに登りたいんでしょうか」
その時、質問者を哀れむようにして、いらいらしながら答えた彼の”放言”が、
「存在するから」(because it is there )なのだ。
 すなわち、世界最高峰としての「エベレスト」に登る理由に対して答えたのであって、「山に」登る理由を説明したのではない。
もっと正確に言おう。彼は「処女峰エベレスト」に登る理由を説明したのであって、4度目や5度目のエベレスト登頂を、ねらうための弁明では断じてない。
 マロリーのあの言葉は、従ってエベレストがヒラリーらによって初登頂された1953年5月29日をもって化石となったのだ。
「冒険論」。本多勝一著より抜粋。

言葉の定義
「冒険」ーーー危険を冒すこと。成功の確かでないことをあえてすること。(広辞苑)より。
こりゃいったい何のこと?

 「冒険は、本質的に無謀なものでなければならない。無謀とは、生命の危険を、大なり小なり含むということであって、100%安全な冒険,即ち「無謀でない冒険」は、形容矛盾のナンセンスである。
 ただし、100%危険な、確実に死ぬような行為は、「自殺」と呼んで冒険とは区別している。
それでは「無謀でない冒険」、つまり安全な冒険とは何か。これが「冒険ごっこ」なのだ。スリルがあってカッコいい場合もあるが、少しも危険でない。世間には、冒険と思われながら実は冒険ごっこに過ぎない「行動」、がよくある。 「冒険論」本多勝一著より。

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浜の様子 2011年12月10日 クリスマスデコレーション [浜の様子]

こんばんは。

航祐です。

今日はクリスマスのデコレーションをしましたが、改良の余地がありそうです。

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出島ヨットハーバーのクリスマスパーティーは18日(日)開催です。

また同日午前は帆走会です。

どうぞ皆様ご参加ください。


航祐

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ノラ21 restore その1 ハル塗装 [浜の様子]

こんにちは、航祐です。

本日のエントリーは、現在進行中のノラ21 restoreについてご紹介します。

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以前のエントリーで予告致しました通り、今回はハル塗装(ベースカラー)の過程をご紹介致します。

まずはハルの下地を整えます。

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今回は、ハルの一部が塗装されていましたので、まずそれを剥離しハル全体のサンディングおよび大きい傷などのパテ埋めを行いました。(上記3枚の写真)

この段階では、厚付け用のポリパテを使用しながら、仕上げ用のグレージングパテを併用しています。

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その後、一度目のプラサフ塗装を行ったのが上2枚の写真です。

この工程によって、より細かい傷や凹凸、ピンホールなどが分かりやすくなります。

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プラサフ塗装後、さらにサンディングそして再度グレージングパテを打ち、そして磨き出します。

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2回目のプラサフ塗装が終了そして塗料のノリを良くするため、軽く粗しています。

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上塗り塗装完了です。

塗料は2液性のアクリルウレタン樹脂です。

この後、ウォーターラインの所に異なった色を塗装します。

その様子は、また後日。

航祐



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